牧師のコラム

牧師先生のコラムを通して心の糧を満たすことができる時間になりますように。

2025-11-09
光と塩の役割を果たすクリスチャン
聖書は、「主のことばは混じりけがなく、つちのかまで七たび精錬されて、純化され た銀のようだ」(詩篇12篇6節)と記しています。これはどういう意味でしょうか。 神の御言葉が純粋であるゆえに、その神を父と呼んでいるクリスチャンならば、そ の生きる生活も純潔でなければならないということです。社会と倫理が揺らぎ、道 徳が崩れ去っていく今日の時代に対して、厳しく警告する神の御言葉です。「キ リスト・イエスにあって聖なるものとされ、聖徒として召された者」(第一コリント1 章2節)である私たちは、言葉よりも生活をもって主を現さなければなりません。 最近、カトリック教会(天主教)でもそのような変化が見られます。2025年5 月9日に選出されたレオ14世教皇は、即位と同時に、現代社会の挑戦に教会 がどのように応答するかを熟慮し、新しい方向性を提示しています。私たちが属 する改革派教会とは異なり、カトリック教会ではマリアを崇拝してきました。聖母 マリアがイエス様の救いを助けた共同救い主であるという考えです。カトリック教会 はこれをめぐって数百年間論争を続けてきました。しかし、25年ぶりに巡ってくるカ トリック教会の聖年(禧年、ジュビリー、2024年12月24日~2026年1月6 日)を機に、聖母マリアが共同救い主ではない、神の母へと格下げされました。 これは、聖書の真理にさらに近づいた画期的な宣言です。マリアは、聖書の記録 通り、「聖霊によってみごもり、キリストと呼ばれるイエス」(マタイの福音書1章1 6節、18節)を産んだ女性です。三位一体を否定したり、それ以外の存在を 神として認めることは間違いです。私たちは真理の中に立っていなければなりませ ん。「イエス・キリストは、昨日も、今日も、とこしえに変わることがありません」(ヘ ブル人への手紙13章8節)という信仰告白の上に立ち、「光と塩」(マタイの福 音書5章13-16節)の役割を果たすクリスチャンとなりましょう。
兪泰鎬
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