牧師のコラム

牧師先生のコラムを通して心の糧を満たすことができる時間になりますように。

2026-05-17
霊的怠けに打ち勝つ5月
5月5月の新緑が山野を包んでいます。暖かくなったお天気につい気が緩んで怠 けたくなります。キリスト者は聖化に向かって走って行く存在であります。その過程 において、怠けは最も警戒すべきものの一つです。“真の義と聖とをそなえた神に かたどって造られた新しき人を着るべきである”(エペソ人への手紙4:24)私た ちキリスト者に霊的な怠惰が訪れると“あなたがたは、以前の生活に属する、情 欲に迷って滅び行く古き人を脱ぎ捨て”(エペソ人への手紙4:22)の本姓が現れ ます。その背後には“肉の欲、目の欲、持ち物の誇”(ヨハネの第一の手紙2:1 6)があります。そのような時、私たちの心の中には神の戒めから遠ざかろうとする 心と神様に従おうとするよりもこの世の愛にとらわれ、自分の欲望に抵抗しようと もしません。その結果、私たちは使徒パウルのように嘆くようになります。“わたし は、なんというみじめな人間なのだろう。だれが、この死のからだから、わたしを救っ てくれるだろうか。”(ローマ人への手紙7:24)正しい信仰の基準を持って、 日々の生活の中で福音のために献身するなら私たちはこの世の激しい流れに逆 らって進んで行くことができます。しかし、残念なことに現実の中のキリスト者はこ の世の濁流に飲み込まれて流されていくような姿を見せています。その荒々しく 強い流れを止めて新しくすることのできるものがあります。それはなんでしょうか? 教会の共同体です。教会の外にいる人々は“生れながらの怒りの子”(エペソ 人への手紙2:3)なのでキリスト教の信仰について反感を持っています。できる ならば私たちを迫害しようとします。そのため“神の子”(ヨハネによる福音書1:1 2)である私たちはこの世の基準を乗り越えて“信仰と希望と愛”(コリント人へ の第一の手紙13:13)持って一つにならなければなりません。霊的に怠けに打ち 勝って“良い忠実な僕”(マタイによる福音書25:23)の人生を新たに始める5 月になることをお祈りいたします。
兪泰鎬
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