牧師のコラム

牧師先生のコラムを通して心の糧を満たすことができる時間になりますように。

2025-04-06
4月の春を迎え
先週の4月4日(金)は二十四節気の一つである清明でした。清明は、空がどん どん澄んでいくという意味であり、農耕社会で生きていた私たちの先祖にとっては、 農業を本格的に準備する時期を意味しました。秋の豊作を約束するかのように目 黒川沿いでは桜が満開の様子です。ようやく縮こまっていた肩を伸ばしながら、多く の人々が春先の花見をしています。4月は洋の東西を問わず、春の生命力を感じ させます。冬眠をしていたすべての生命体が地中を貫いて出てくるので、その広い大 地は生存の為の熾烈な場と化します。 4月には、「眠った者の初穂として死者の 中からよみがえられた」(第一コリント15:20)イースターがあります。私たち人間 にとって、時間の概念は如何なるものでしょうか?一般的に人々は時間について、 未来から来て過去に流れていくと考えます。しかし実像を見るとすると、時間は過 去から現在を経て未来に進んでいます。その永遠の時間の中で刹那を生きている 私たちは何を追求し、この世を生きなければならないのでしょうか。知恵者であるソ ロモンはこう助言しています。「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神 を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである」(伝道者12:1 3)。2025年4月を生きる私たちクリスチャンに、聖書はこう命じています。「ですか ら、兄弟たち、私は神のあわれみによって、あなたがたに勧めます。あなたがたのから だを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそ、あなたがた にふさわしい礼拝です。この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たに することで、自分を変えていただきなさい。そうすれば、神のみこころは何か、すなわ ち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるのかを見分けるようになります」(ロー マ12:1-2)。躍動する自然と共にお互いを愛し、励まし合いながら、聖霊に満 たされ、「キリスト者と呼ばれる」(使徒11:26)4月になられることをお祈り致しま す。
兪泰鎬
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