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牧師先生のコラムを通して心の糧を満たすことができる時間になりますように。
2023-07-30
主の御手が共に働かれるクリスチャン
クリスチャンとは、どのような人を言うのでしょうか?クリスチャンという名前は、教会の中から自発的に生まれた言葉ではなく、世の人々が付けた名前です。アンディオキア教会でバルナバがパウロと共に1年の間教会に集い、大勢の人たちに教えた結果、彼らはクリスチャンと呼ばれるようになりました(使徒11:26)。「理解する」という言葉を英語では「understand」と表現しますが、その意味を見れば、「下に立っている」ということです。私は相手の下に立っているということです。これはクリスチャンをよく表す言葉だと思います。イエス様がその模範を示しておられます。彼は私たちを救うために、人間の体としてこの地に来られました。そのことを、聖書はこのように記しております。「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちていた」(ヨハネ1:14)。神のひとり子としてこの地に来られたイエス様は、私たちに光と塩となられると言われました(マタイ5:13-14)。光は暗い世を明るく照らします。一方塩は、この世の腐敗を防ぐために自分自身を惜しみなく溶かします。私自身を犠牲にして、この世に真実のイエス・キリストを伝える人々がクリスチャンなのです。福音を伝えるためには、愛とともに持続的な関心を持たなければなりません。その時必要とされるのが「主の御手」(使徒11:21)です。イエス・キリストの御手が共に働かれるのであれば、私たちが行うことは、私自身の働きではなく、神様の働きになります。紅海を分ける奇跡が現れます。5つのパンと2匹の魚の奇跡を体験することができます。主の御手(ルカ1:66)がともにおられることで、奇跡を経験し、十字架で福音を伝えるクリスチャンとなられることを、主の御名を通じて、お祈り致します。
兪泰鎬
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