YOU ARE IN PREVIEW MODE
風と火花の教会の紹介
礼拝案内
アクセス
牧師のコラム
ビジョンセンター
牧師のコラム
牧師先生のコラムを通して心の糧を満たすことができる時間になりますように。
2023-06-18
涙の祈りと奇跡
人はそれぞれ評価基準を持っています。殆どの人々は、外観でその人を評価します。それが世の評価基準です。しかし私たちクリスチャンは、外なる人ではなく、内なる人を基準としなくてはなりません。使徒パウロはエベソ教会の為に、このように祈りました。「どうか御父が、その栄光の豊かさにしたがって、内なる人に働く御霊により、力をもってあなたがたを強めてくださいますように」(エペソ3:16)。キリスト教は、内なる人を生かす命の宗教なのです。神様の言葉が私たちの心霊に照らされる時、内なる人が成熟されます。イエスキリストに出会うならば、空しい殻を捨て、真実なる命の席へと向かうことが出来ます。十字架の恵みを必要としない人は一人もおりません。キリストを知ることなく死に向かう霊の結末は地獄です。いかに多くのものを所有していても、十字架の外にいるのであれば、「生まれながら御怒りを受けるべき子ら」(エペ2:3)であると、聖書は述べています。すなわち、十字架の恵みを知らない人々は、生きてはいるものの、実際は死んだ霊なのです。クリスチャンであるなら、彼らを見て、胸が引き裂かれる哀痛の心を持たなくてはなりません。パウロは、そのような人々に対して「夜も昼も、涙とともにあなたがた一人ひとりを訓戒」(使徒20:31)する模範を見せています。イエス様の働きでも、「大きな叫び声と涙をもって祈りと願いをささげ」(ヘブ5:7)続けられました。旧約聖書の預言者を見ても、彼らが泣き祈るとき、神様はイスラエルの民を救われました。神様の御前で泣き叫ぶ人々を通して、霊は生かされます。涙の祈りは、その人を悔い改めさせ、救いへと導きます。一人の霊の為に、涙で嘆願し、そして哀痛の心で福音を伝えることで、多くの霊が主の懐に戻る奇跡が起こることを、主の御名を通じて、お祈り致します。
兪泰鎬
以前コラム >