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牧師先生のコラムを通して心の糧を満たすことができる時間になりますように。
2022-11-13
クリスチャンに委ねられた使命
人類が提起してきた太古からの問いの一つは、人間は神であるのか否かです。東洋の思想を見ると、孟子は性善説を主張しますが、荀子は性悪説を主張しました。では聖書は如何に述べているでしょうか?「神のかたちとして創造された人」(創1:27)であるアダムとエバは性善説側でありました。しかし彼らは神の命令に逆らった為に、その子孫は性悪説を唱える荀子の手を上げることとなります。ダビデは人間の存在について、このように表現しています。 「私は咎ある者として生まれ、罪ある者として母は私を身ごもりました。」(詩51:5)これこそ聖書が述べる人間の姿であり、人間観であります。ですから、私たちには救いが必要なのです。全知全能でおられる神は私たちの救いの為に、一つの道を準備されました。それこそがイエス キリストの十字架なのです。初代教会のクリスチャンは、行く先々でこのように叫びました。「この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間に与えられていないからです。」(使徒4:12)ある意味でキリスト教は独善的です。イエス以外には道がありません。十字架だけが唯一の救いの道であることを、聖書は証しています。表面的には成功しているようで心配もないように見えますが、イエス キリストの十字架を悟っていないのであれば、全ては永遠の罰である地獄に向かう人々なのです。クリスチャンであるなら、道を見失った人々に対して光を照らすことで、命の道を探せるようにしなければなりません。これこそが、主の弟子として行わなくてはならない使命なのです。2022年の深まる秋に、私たちに委ねられた霊の救いの使命の為に、より努力する風と火花の教会の家族となられることをお祈り致します。
兪泰鎬
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