牧師のコラム

牧師先生のコラムを通して心の糧を満たすことができる時間になりますように。

2022-09-18
苦難と感謝
私たちが暮らす日本には、本音と建て前という言葉があります。日本文化をよく知らない人々は、その二つの姿を見て、その二つが互いに異なることに、二重人格や偽善者という言葉をためらうことなく言います。しかし本当にそうでしょうか?日本文化の観点から見ると、その二つの姿が異なるほどに知性人と思われます。その理由は何でしょうか?かなり以前に、教育学を専攻した周知の関係である大学教授から、このような話を聞いたことがあります。「知性とは、心を治める能力である。心の内と表向きが同じなのは動物だけである」ということです。その意味は、本能をそのまま剥き出すとは、獣がする行動であるということです。人間の本能的な属性を調節する能力が知性人の能力です。しかし、その知性が崩れてしまうことがあります。そのうちの1つが苦難というものです。人間なら誰でも人生の旅路で苦難に出会います。子供から高齢者まで、その苦痛の種類は多々あります。友達関係や学校の成績、また家庭の不和や病気などです。そのような苦難に出会うとき、私たちクリスチャンは如何にすべきでしょうか?自分の能力が限界に達したとき、人は空を見つめます。謙虚に低くまった心で神様の恵みを求め、助けを求めるとき、信仰の扉は開かれます。苦難は神様の慰めを体験させます。苦難は人間の霊を清潔に純粋にし、信仰の世界に導きます。まさにその時、私たちの霊に感謝が滝のように注がれます。私たちに訪れる苦難と試練を感謝として勝ち取る2022年の秋になられることを、イエス様の御名を通じて、お祈りし祝福します。
兪泰鎬
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