牧師のコラム

牧師先生のコラムを通して心の糧を満たすことができる時間になりますように。

2022-03-27
十字架は神様の力(第一コリント1:18)
目黒川沿いの桜がその美しさを存分に表そうとしている3月最後の週です。日本に来て16回目の春ですが、毎年新鮮な気持ちとなります。これから一年で最も過ごしやすい一ヶ月が始まろうとしています。いつも変わらぬ四季の移り変わりを見ながら、風と火花の教会の家族は何を感じておりますか?私は神の恵みを思い起こします。私たちの我儘さや不平不満にもかかわらず、神は絶え間ない笑顔で愛と応援のメッセージを送って下さいます。それは恵みとしか言い表せません。新約聖書を記録したギリシャ語では、恵みは「カリス」という単語で用いられます。「カリス」は喜びを与える良い贈り物という意味です。何の資格もない人々に惜しみなく贈られる贈り物が恵みであり(エペ2:8) 、その恵みで生きる人々がクリスチャンです。神様の姿を失った人間は自分だけでは恵みの場に進むことができません。そこで神様はイエス様をこの地に送り、失われた羊を見つけさせて下さいました。結局、イエス・キリストは人類の救いのために十字架を負われたのです。十字架は主の使命であり、人生の目的でもあります。その方はこう宣言します。「わたしが天から下ってきたのは、自分の思いを行うためではなく、わたしを遣わされた方のみこころを行うためです。わたしを遣わされた方のみこころは、わたしに与えてくださったすべての者を、わたしが一人も失うことなく、終わりの日によみがえらせることです(ヨハネ6:38‐39)。十字架には恵み、赦し、そして救いがあります。十字架は私たちを変える「神の力」(第一コリント1:18)なのです。四旬節を過ごしながら、「主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが、決してあってはなりません」(ガラテヤ6:14)という信仰告白により4月を準備する風と火花の教会の家族になられることを、お祈り致します。
兪泰鎬
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