牧師のコラム

牧師先生のコラムを通して心の糧を満たすことができる時間になりますように。

2022-03-13
怒りを愛に昇華させるクリスチャン
アダムとエバがエデンの園から追放された後、カインとアベルが生まれます。しかし、礼拝の問題で怒ったカインは、人類の最初の殺人者となります(創世記4:8)。堕落した人間は基本的に自己中心的です。そして自己満足が出来ないと怒ります。それは信仰の有無とはそれほど大きな関係がありません。怒りは堕落した人間に与えられた自然な感情の側面があります。しかし、信仰の良い人は怒らないという言葉は間違った信仰常識です。怒りは誰にでも起こりえる普遍的な感情なのです。ただその怒りを健康的に消化して表現するのか?対人関係を破壊してまでも表現するのか?ということによって、その人に対する評価が変わります。怒りを辞典で調べると、「侮辱を受けるときに誘発される強い情熱あるいは不満足の感情や敵対感」と定義されています。そのような怒りが表に現れると、簡単に把握できます。しかし、その怒りが人間の心の奥深くに隠れると、偽装された怒りのうつ病として現れることとなります。だから怒りが沸き上がるとき、私たちは賢く扱わなくてはなりません。怒りは必ずしも悪いことではありません。怒りは宗教改革の始発点となりました。マーティン・ルーターをはじめとする宗教改革者たちが既存の教会に対して怒ったことで改革が始まりました。彼らはその当時の教会が聖書の教えからあまりにもかけ離れていることに怒ったのです。人類の歴史を見ると、改革は人間の怒りから始まっています。聖書はこう述べています。「怒っても、罪を犯してはなりません」(エペソ4:26)。怒りは自然な感情ですが、それが罪に繋がらないように気を付けなくてはなりません。怒りを十字架の愛に昇華させ、成熟したクリスチャンとして生きる風と火花の教会の家族となられることをお祈り致します。
兪泰鎬
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