牧師のコラム

牧師先生のコラムを通して心の糧を満たすことができる時間になりますように。

2022-02-06
信仰生活とは何ですか?
福音聖歌の中に「私の主の喜びになりたい」というタイトルの賛美があります。その 賛美は以下の通りです。「私が望むことは一つだけ。主の喜びになること」。本当にその通りです。クリスチャンである私たちの願いが一つであれば、それは主の喜びとなることです。主の喜びとなることとは、イエス・キリストに似ることです。それが神の計画でもあります。神様は私たちがイエス様に似ていき、成熟することを願われておられます。神は私たちの考えと行動が聖書に基づくことを望んでいます。その意味で、教会は霊的な意味での訓練所と言えます。神が望まれる姿に変わって行くように訓練するところが教会なのです。聖書はこう述べています。 「神は、あらかじめ知っている人たちを、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたのです。それは、多くの兄弟たちの中で御子が長子となるためです」(ローマ8:29 )。神は人間を創造されたとき、ご自身のかたちとして創造されました(創1:27)。しかし、アダムとエバの堕落により、エデンの園から追放されます(創3:24 )。その結果、われわれの中にあった神のかたちが損なわれました。その失われたかたちを回復させるために神は息子であるイエス・キリストをこの地に送られました。神は私たちの経歴よりも、私たちの性質にもっと関心をもっておられます。私たちが生きる中で困難にあうとすれば、その答えは一つに集約されます。イエス・キリストを悟り、主に似ていくための神の摂理なのです。信仰生活とは、私たちの人格と人生を神様のかたちに変えていく過程なのです。この2月も、自分自身を十字架に釘付けるひと月となりますことを、イエス様の御名を通じてお祈り致します。
兪泰鎬
以前コラム >