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牧師先生のコラムを通して心の糧を満たすことができる時間になりますように。
2021-12-12
主が来られることを待ち望みながら(3)
人は誰もが朝起きると鏡を見ながら自分の姿を飾ります。男性はひげを剃り、女性は化粧をします。しかし、一日を勝つために自分の魂を飾る時間をどれほど費やしていますか?聖書は夜明けから目覚めることを求めています。ダビデはこう告白しています。「わたしのたましいよ。目を覚ませ。琴よ 竪琴よ 目を覚ませ。私は暁を呼び覚まそう」(詩篇57:8)。ここで栄光とは霊魂という意味です。私の魂よ、眠りから目覚めよという意味です。それまでサウルに追いかけられながら喜びを忘れて眠りに落ちた魂を目覚めさせるというダビデの告白なのです。「わたしのたましいよ。目を覚ませ」とは、たとえ自分の人生の場が漆黒のような闇であっても、東から明ける夜明け期待して主を賛美するという決断でもあります。ダビデは死の危険の中にいながらも、これまで頂いた恵みを覚えながら、ただ神のみを見上げ望んでいます。クリスチャンは、いつでも神の前に出るなら新しい力を得ることができます。イザヤの預言者はこう叫んでいます。 「主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように、翼を広げて上ることができる。走っても力衰えず、歩いても疲れない」(イザヤ40:31)。これ以上逃れられない崖の上に立っている聖徒がいますか?自分には、神様が下さった飛べる翼があることを覚えてください。神様は私たちが鷲のように翼を広げながら青く広大な空を存分に飛び回ることを望まれています。鷲は嵐によって、より高く飛ぶことができます。主を見上げ望むなら、わたしたちを縛っている苦難の鎖はイエス・キリストの十字架によって短剣で断ち切られます。この地に来られる主を待ち望みながら、ただ主のみを見上げ望むことで、新たな力を得てワシのように飛び上がる風と火花の教会の家族となられることを主の御名を通じて、お祈りし祝福します。
兪泰鎬
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