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牧師先生のコラムを通して心の糧を満たすことができる時間になりますように。
2021-12-05
主が来られることを待ち望みながら(2)
クリスマスの季節12月です。主が来られることを待ち望みながら、教会について考えてみましょう。教会は世に存在するコミュニティです。教会は生命と救いの希望を世に宣言し伝えることに、その存在の意味があります。教会はイエス・キリストの体であり、クリスチャンを聖霊で満たします。ところが残念なことに、罪を包みかばうのではなく、むしろそれを暴くような律法的な視線を持つ教会があります。人生の重い荷物を降ろすことよりも、むしろ倫理道徳の荷を課す教会、さらに低くなり仕えることよりも、互いが高くなろうと争う教会があります。二千年前イエス様により、人々は刺すような罪の視線ではなく、主からの愛と恵みを受け、さらに足までも洗われました。教会は義人の集まりではなく、罪人の集まりであり、お互いの罪を覆う場所でなければなりません。そして、教会は、死ぬしかない罪人である自分について、お互いに打ち明けても罪に定められず、慰めを受けることの出来る唯一の安息の場所なのです。しかし、今日を生きている現代人は教会を離れています。教会に無関心であるだけでなく、教会に対して敵対的でさえもあります。しかし、彼らにも神は愛の手を差し出しています。教会がリバイバルしなければならない理由は、そのような人々に近づき、イエス・キリストと出会い、経験できるように導かなくてはならないからです。教会で問題があると背を向けて牧師と聖徒の罪を非難して判断をするのであれば、それはイエス様の体を刺すことなのです。主が来られることを待ち望みながら、「信仰と希望と愛」(コリント第一13:13)により、寒い冬を暖かく過ごすことの出来る風と火花の家族となられることを、お祈り致します。
兪泰鎬
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