牧師のコラム

牧師先生のコラムを通して心の糧を満たすことができる時間になりますように。

2021-08-22
神の摂理
神は昨日も今日も、私たちと共におられます(ヘブル13:8)。私たちが経験する大小様々事件一つ一つさえも神が摂理しておられることを認めなくてはなりません。今、私たち自身の生活の中で、神が介入されることが切実に必要な問題は何でしょうか?ローマのユリウス・カエサルは、ルビコン川を渡るべきかについて悩んでいます。ローマの法によれば、軍を率いてローマに近づけることができる限界線はルビコン川です。その川を渡れば革命となります。しかし、渡らなければ自分は権力を失うこととなり、死さえも覚悟しなければなりません。カエサルはルビコン川に立ち言いました。「サイコロはすでに投げられた」。その言葉を聞いたシーザーの軍は士気を高め、川を渡っていきます。サイコロは投げられたのです。矢は放たれました。シーザーのリーダーシップの中で最も際立ったものの一つが決断力であったと言われます。イスラエルはカナンの地に入ろうとして失敗します。その原因は、信仰の目が塞がれていたからです。世界と神の摂理の間で躊躇し、恐怖を感じて神を恨みます。その結果は何でしたか?彼らは荒野で死んでいったのです。クリスチャンであるならば、聖書が神の御言葉であることを信じなくてはなりません。そうなることで、黙想した御言葉が自分の生活の中に用いられ、そして従うこととなります。その時、私たちはシーザーのように果敢な決断を下すことが出来るようになります。神はそれをイスラエルに教えようと、40年も待ってくださいました。その教えを学ぶ見込みのない人々は、約束の地カナンを踏むことは出来ないのです。今日のような混乱した状況の中で、私たちクリスチャンだけであっても神の摂理の中で光と塩の役割を果たす必要があり、そのように風と火花の教会の家族がなられることを、主の御名を通じてお祈り致します。
兪泰鎬
以前コラム >