牧師のコラム

牧師先生のコラムを通して心の糧を満たすことができる時間になりますように。

2021-07-04
十字架と救い
クリスチャンの目的は何でしょうか?十字架を伝えることであります。神はイエス・キリストの十字架の前で万人の口を閉ざされました。十字架を通じて、全人類を救って下さったからです。誰でも神の子イエスを受け入れるならば、その霊の額には「あなたは、わたしのもの」(イザヤ43:1)という血書が刻まれます。ゆえに聖書はこのように述べます。「あなたがたは、自分が神の宮であり、神の聖霊があなたがたの中におられることを知らないのか」(コリント第一3:16)。聖霊の人として、「御霊の実」(ガラテア5:22)を結ばせなくてはなりません。聖霊の実は、自身の十字架を負う時に、結ばれるようになります。それゆえ、すべてのクリスチャンは、主からこのような質問を受けます。あなたは今あなたの十字架を負っているか?十字架を負うと、私たちは自分を否定するようになります。人々は、誰もが自己中心的に生きています。その中で最も代表的な姿は、神がいなくても一人で立てると考えることです。それは神が最も嫌う自己中心的な人間の高慢であります。イエス様がこの地に来られた目的は、このように高慢な人間を悟らせて救いに至らせるためでありました。救いは、神の恵みと私たちの信仰として受けることとなります。聖書はそれについて、このように記録しています。「この恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです」(エペソ2:8)。クリスチャンにとって必ず必要なことは、恵みと信仰と救いであります。その3つが揺れ動くならば、信仰が成り立たないからであります。私たちは日々、恵みと信仰により救いの道を歩いています。その確信が、私たちをクリスチャンらしくするのです。十字架を通じて、私たちに救いを赦された神様に感謝し、救いの祝福を享受する風と火花の教会の家族となられますことを、主の御名を通じてお祈り致します。
兪泰鎬
以前コラム >